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院長室のメダカが教えてくれた「楽観性は伝わる」
院長室で、メダカを飼っています。
もとは当院の心理士さんからいただいた5尾だったのが、昨年せっせと繁殖し、今や50尾くらいの大家族になりました。
増えるたびに水槽も増え、気づけば院長室はすっかり小さな水族館のようになっています。
そんなメダカたちの間で、最近とても興味深いことが起きました。
警戒心の強い水槽と、楽観的な水槽
うちのメダカは、いつの間にか二つのグループに分かれていました。
ひとつは「楽観的な水槽」。人の影が見えると「餌だ!」とばかりに水面に集まってくる、おおらかなメダカたちです。
もうひとつは「警戒心MAX水槽」。以前、セラピー犬が水槽の水をぐびぐびと飲んだことがあって、それ以来このグループのメダカたちは、影が映るたびに底の方でひっそりと身を潜めるようになりました。水温を変えても、光の当たり方を工夫しても、一向に改善しません。
水槽が手狭なのも一因かもしれないと、新しい水槽を用意し、楽観的水槽から数尾・警戒心MAX水槽から数尾を一緒にお引越しさせてみました。
翌日、驚きました。
あれほど底に沈んでいたメダカたちが、楽観的な仲間につられるようにして、次第に水面へ上がってくるようになったのです。
「ひょっとして、楽観性は伝わるのでは?」——そんな仮説が頭に浮かびました。
そこで、今度は逆の実験を。楽観的水槽から2匹だけを、警戒心MAX水槽に移してみました。
翌日、また驚きました。あれほど底から動かなかったメダカたちが、2匹につられるようにして水面に顔を出し始めたのです。2日目にはすっかり生き生きと泳ぎ回っていました。
楽観性はうつるのか?社会的促進と情動伝染
これは偶然でしょうか。
実は、動物行動学や心理学の世界では、似たような現象が繰り返し報告されています。
社会的促進
魚類の研究では、臆病な個体が積極的な個体と同じ群れで行動することで、探索行動が増加することが確認されています。
「社会的促進(social facilitation)」と呼ばれるこの現象では、仲間の行動が自分の行動の基準を塗り替えていきます。
人間でも同様です。
ハーバード大学のクリスタキス博士らによる大規模研究(Framingham Heart Study, 2008年)では、幸福感は社会的ネットワークを通じて伝播することが示されました。
幸福な友人が近くにいると自分の幸福度が約15〜25%上昇し、しかもその影響は友人の友人にまで波及するといいます。
情動伝染
さらに、「情動伝染(emotional contagion)」という概念も確立されており、人は無意識のうちに周囲の表情・声・姿勢を模倣し、同じ感情状態へと引き込まれていきます(Hatfield et al., 1993)。
楽観的な人のそばにいると、脳内のミラーニューロンシステムが活性化され、自分自身の心の構えも変化していくのです。
環境が脳と心に与える影響
精神科の臨床でも、これは非常に重要な視点です。
憂うつ気分や不安が強いとき、周囲から「どうせ無理」「気をつけて」というネガティブな言葉に繰り返し触れる環境にいると、緊張感や石橋を叩くような行動、不安や憂うつ感は強まります。
一方で、「きっと大丈夫」「一歩ずつやれば良いよ」と声をかけてくれる人たちに囲まれていると、本人の認知の構えそのものが変わっていく。これは根性論でも精神論でもなく、社会神経科学が示す事実です。
メダカが教えてくれた楽観性と環境の力
警戒心の強いメダカたちは、意志が弱かったわけでも、性格に問題があったわけでもありません。ただ、怖い体験をした水槽の中で、「警戒することが正解」だと学習していただけでした。
そこに2匹の楽観的な仲間がやってきました。
言葉ひとつなく、ただ水面を泳いで見せた。
それだけで、水槽全体の空気が変わりました。
私たちも同じではないでしょうか。
自分を取り巻く環境の中に、一人でも「明日にはきっと良いことがある」と自然に期待できる人がいること——それは薬でもカウンセリングでもないけれど、確かに人の心の構えを変えていく力を持っています。
どうかあなたの周りに、そんな2匹のメダカのような存在がいますように。
そして、いつかご自身がそういう存在になれますように。
院長室のメダカたちは、今日も元気に水面を泳いでいます。
よくある質問
Q. 楽観性は生まれつき決まっているのでしょうか?
A. 気質の影響はありますが、研究では環境や経験によって認知の傾向は変化しうることが示されています。
Q. 環境を変えることは治療になりますか?
A. 精神科治療では、薬物療法や心理療法だけでなく、生活環境の調整も重要な要素の一つと考えられています。
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