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2026.03.10

院長室のメダカが教えてくれた②刺激が多すぎると人は沈む

院長室のメダカ連載

院長室のメダカが教えてくれた②
「刺激が多すぎると人は沈む」

院長室のメダカ連載、第二回です。前回は「楽観性は伝わる」というお話を書きました。警戒心の強いメダカたちが、楽観的な仲間と同じ水槽で過ごすうちに、次第に水面へ顔を出すようになった――そんな観察から、環境と感情伝染について考えました。(前回の投稿:院長室のメダカが教えてくれた「楽観性は伝わる」)

今回は、その続きです。楽観的になったメダカたちを、別のおしゃれな水槽に引っ越しさせてみたところ、思いがけない変化が起きました。

昭和のガラスの金魚鉢

フリーマーケットで、昭和のレトロなガラスの金魚鉢を見つけました。丸みを帯びた厚みのあるガラスで、とても懐かしい佇まいです。「これは素敵だ」と思わず200円で購入し、楽観的水槽から3匹を引っ越しさせることにしました。

水温は他の水槽と同じに設定しました。水も、餌も、何も変えていません。変わったのは「入れ物」だけのはずでした。

ところが、水槽を眺めていて思わずため息が出ました。メダカたちが、ガラスの側壁に何度も突進したり、とにかくせわしなく泳いでいるのです。

透き通ったガラス越しに、院長室の景色がそのまま見えます。人の動き、光の変化――これまで過ごしていたプラスチックの水槽では見えなかったものが、全方位から飛び込んでくる。メダカたちは落ち着きなく泳ぎ回り、ときに側壁に突進し、気づくと3匹とも底に固まって、まったく動かなくなっていました。

餌をやっても上がってきません。2日が過ぎ、3日が過ぎても、状況は変わりません。楽観的水槽にいたときの伸びやかな泳ぎ方が嘘のように、金魚鉢の中のメダカたちは、慌てふためいているか、底に沈んでいるかのどちらかでした。

ひょっとして、刺激が多すぎるのでは

見ていて、切なくなりました。前の水槽では生き生きとしていたのに、何がそんなに違うのだろう。

ふと気づきました。これまでの水槽は、外が見えなかったのです。

プラスチックの不透明な壁に囲まれた空間では、届く情報は「水の中」だけです。仲間の動き、餌の気配、水の流れ――それだけで十分だったのでしょう。

ところがガラスの金魚鉢では、外の世界が全部見えてしまう。全方位から、絶え間なく情報が入ってくる。メダカにとって、それは「豊かな環境」ではなく、「処理しきれない刺激の洪水」だったのかもしれません。

そこで、ガラスの金魚鉢からもとのプラスチックの水槽に、3匹を戻しました。

翌日。3匹は、また以前と同じように泳いでいるようでした。落ち着きなく泳ぎ回ったり、底でフリーズしているメダカは水槽にいません。影が差すと、尻尾を振るようにして水面に上がってくる。金魚鉢での数日間が嘘のように、穏やかな顔(に見える)をしています。

変えたのは、入れ物だけ。
それだけで、彼らの世界はもとに戻りました。

「刺激の多い水槽」で暮らす人たち

このメダカたちを見ながら、私は診察室でよくお会いする方々のことを思っていました。

当院では最近、成人の方、とりわけ女性に多いのですが、日常生活には大きな破綻はない一方で、他者の様子に敏感で、慢性的な疲れを抱えている、という悩みのご相談が増えています。

検査や子どもの頃からの様子、現在の困りごとを伺っていると、ADHDの特性が認められることがあります。

こうした方のお話を丁寧に伺うと、共通点があります。

  • 周りが気にしない人の顔色や臭いがどうしても気になる
  • 職場や学校では注意がそれやすく、失敗につながりやすい
  • 家に帰ると突然どっと疲れて、何もできなくなる

言い換えると、外の世界がガラス越しに全部見えてしまっている状態です。

ADHDのある方では、脳が情報を取捨選択する仕組みに特性があり、「気にしなくてよい刺激」を自然にフィルタリングすることが難しい場合があります。音も、光も、人の表情の変化も、全部が等しく飛び込んでくることがあります。

それは感受性が豊かという面でもありますが、職場や学校で1日8時間、週5日、その状態が続けば、強く消耗してしまっても不思議ではありません。

底に沈んで動かなくなっていた金魚鉢のメダカたちと、どこか重なって見えます。

補足:ADHDの特性の現れ方には個人差があります。気になる症状がある場合は、自己判断だけで抱え込まず、医療機関で相談することが大切です。

「怠け」ではなく「刺激過多」のサインかもしれない

帰宅後にソファから動けない。週末は何もできずに終わる。楽しいはずの予定がこなせない。

これを「意志が弱い」「怠けている」と解釈してしまうと、自己嫌悪が加わり、消耗がさらに深まります。

でも、金魚鉢のメダカを思い出してください。あの3匹は、意志が弱かったわけでも、性格に問題があったわけでもありません。ただ、処理しきれない量の刺激の中に置かれていただけでした。

入れ物を変えたら、翌日にはもとの姿に戻りました。

人間の場合、「入れ物」を一日で取り替えることは簡単ではありません。それでも、刺激を少し整理する工夫はできます。たとえば、騒がしい場所に座る時間を短くする、帰宅後に静かな時間を意図的に作る、週に一度だけ「何も入れない半日」を確保する――そうした小さな調整は、「環境を変える」ことと同じくらい大きな意味を持つことがあります。

こころを整える四本柱の一つとして

当院では、精神療法・行動療法、栄養療法、環境調整、必要に応じた薬物療法を組み合わせた診療を行っています。

「環境調整」というと、職場や学校に配慮を求める手続きをイメージされる方が多いかもしれません。しかし実際には、もっと日常的な工夫が数多く含まれます。

  • 自分が特にどの刺激で消耗しやすいかを把握する
  • 消耗しやすい状況を、少しだけ減らす
  • 崩れた翌日に、小さく回復できる手順を持つ

こうしたことを一緒に整理していく作業も、診療の中で大切にしていることの一つです。

ご相談を検討されている方へ

「刺激が多いガラスの金魚鉢」にいるかもしれない――そう感じる方がいらっしゃいましたら、どうかひとりで抱え込まず、ご相談ください。

院長室では今日も、プラスチックの水槽の中でメダカたちが元気に泳いでいます。ガラスの金魚鉢は、セラピー犬の水飲み鉢にしています。水草や隠れ場所になるものを入れるなど工夫を加えて、今後あらためて魚用に再利用してみたいと考えています。

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